脳転移の治療方針

脳転移や予防的全脳照射に対する我々の取り組みと世界の最先端を述べます。我々の方法はトモセラピーを活かした新しい取り組みとなります。海馬は近時記憶の中枢であり、また脳の幹細胞をリソースとして大切な役割をはたしています。
予防的全脳照射
予防的照射とは
当初からあきらかな病巣がなかった領域に対して 放射線治療を行うことを予防的照射といいます(一度病巣があった場合や、病巣を除去した周囲への場合には予防的とは言いません)。
全脳照射とは
脳脊髄液腔と脳組織を標的として照射する方法です。頭蓋骨や頭皮への照射は本来は必要ではありませんが含まれてしまうことがあります。
予防的全脳照射とは
脳にはまだ画像的にもなにも明らかな病巣がない状態だけれども、 転移が発生してくる確率が高い場合があります。
それらには、限局期小細胞肺癌の完全寛解後(肺の病変が完全にコントロールされた後)や、急性白血病の完全寛解後などがあります。脳転移が発生してくる確率が通常30%以上の時は予防的照射の意義が高くなります。
予防的全脳照射の一回線量と照射回数
総線量では、2Gyx15回= 30Gy や 3Gyx10回の 30Gy がよく用いられます。
副作用として、脱毛、脳機能障害等の副作用があります。
脱毛は頭皮毛根に対する線量の多寡で決まります。
脳機能障害等普通の予防的全脳照射で、海馬(近時記憶の中枢)の回避をしない場合は、30%の方に早期に健忘などが発生することが知られています。
また、小児の場合には就学・学習能力に影響が発生することが深刻な問題として議論されています。
我々は次に述べる海馬回避前脳照射を提供しています。この海馬は脳の機能や構造を維持するための、脳の幹細胞の重要な供給基地の役割もあります。
1-A.従来の全脳照射の方法
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図1:全脳照射の方法
対向2門照射や3次元照射が行われてきました。標的以外の正常組織にも、より多く照射されます(図1)。
矩形照射野を使った対向2門照射(放射線治療ガイドライン2004)。ヘルメット型や矩形のこういった照射は今も多くの施設で用いられています。
1-B.トモセラピーでの全脳照射
トモセラピーによる全脳照射の線量分布図を示します。
脳脊髄液腔と標的である脳組織が均等に照射され、骨、皮膚の線量は少なくなっています。髪の毛は女性には大切ですね。
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 図2 トモセラピーでの全脳照射

脳脊髄液腔と脳組織が水色の領域になっています。
骨と皮膚はブルー(25-15Gy)か色無し(15Gy 以下)。ブルー以下であれば通常、毛髪は保たれます。
1-C.海馬回避全脳照射(Hippocampus sparing PCI:HS-PCI)
海馬回避全脳照射は、現在の最新の全脳照射方法です。
この方法は海馬の最大線量を10Gy以下に抑制する方法です。この方法によって認知障害の発生する頻度が30%から7%に低下したと報告されました。(RTOG 米国 の放射線腫瘍学グループ RTOGと地域臨床腫瘍学グループCCOPの臨床試験結果、2013年9月米国放射線腫瘍学会総会)で報告されました。
Avoidance of the Hippocampus Is Shown to Preserve Memory(外部サイト・英語)
また、海馬に転移する確率が調べられ、その確率が非常に低い、つまり海馬を外しても、 脳転移のリスクにまず影響しないことも判っています。
海馬トレースにおけるMRIの役割
海馬の正確な抽出には、患者の構造個体差の大きい組織なので、放射線治療医のMRIの正確な読影能力と、放射線治療計画を立案するときに必要なX線CT生データの画像にMRI画像を誤差なく融合(fusion)させる技術とが必要です。
幸い、北斗病院の放射線治療医の宮本医長も、私も画像診断に長年親しんできています(私は診断の分野の論文も多いです)が、それでも、ピッチの小さな一枚一枚の画像をチェックしていくには手間と時間がかかります。幹細胞ゾーンは海馬本体だけでなく側脳室の壁に沿って存在しますのでそれらのトレース(輪郭画出)を丁寧にすることで提供できる医療の質がよくなると信じています。
トモセラピーの卓越性
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図3A トモセラピーで計画した海馬回避全脳照射の線量分布図

トモセラピーで計画した海馬回避全脳照射の線量の分布の図です。均一に海馬以外の脳と脳脊髄液腔が照射され、そして海馬は照射されていません。

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 図3B トモセラピーで計画した海馬回避全脳照射の線量体積ヒストグラム

一番左の赤が海馬、10Gy未満という指示を忠実に実現できています。
このほかトモセラピーでは眼球、蝸牛、視神経などへの線量を制限できています。
また次に示す他施設のIMRTのように35Gy以上の照射を受ける部分はありません。(ここでは脳の線量は海馬を含んで計算しています)

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 図4A Elekta Infinity linear accelerator でIMRT の計画をした場合の線量分布図

別の放射線治療/計画システムのひとつ(Elekta Infinity linear accelerator)でIMRTの方法で計画された海馬回避全脳照射の線量の分布図です。
最先端とはいえ後者の計画では35Gy以上の過剰な部分(オレンジ>35Gy、赤>37.5Gy)が斑に存在します。
このような斑で過剰な線量分布は問題で不必要に正常な脳組織へのダメージが発生してしまいよくありません。
(出典: Nevelsky A. etal, J Appl Clin Med Phys. 2013 May 6; 14(3): 4205. doi: 10.1120/jacmp.v14i3.4205.http://www.jacmp.org/index.php/jacmp/article/view/4205/2927

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 図4B Elekta Infinity linear acceleratorでIMRT の計画をした場合の線量体積ヒストグラム

海馬は10Gy以内におさまっていない。脳と脳脊髄波腔は35Gy以上照射される部分がある。
Q.脳転移以外でも海馬回避は有用でしょうか。
有用です。原発性脳腫瘍のひとつである悪性膠芽腫でも有用という報告が 2014年にRadiation Oncology誌に発表されています。

Ali AN1, et.al. Improved hippocampal dose with reduced margin radiotherapy for glioblastoma multiforme.Radiat Oncol. 2014 Jan 10;9:20. doi: 10.1186/1748-717X-9-20.
脳の定位放射線治療(stereotactic radiosurgery SRS/ stereotactic radiotherapy SRT)
Ⅱ-A.脳の定位放射線治療
脳の定位放射線治療法は、脳の腫瘍部分だけをピンポイントで照射する方法です。
転移性脳腫瘍(脳転移)、脳動静脈奇形、原発性脳腫瘍などの治療で用いられています。
定位照射では、頭蓋を固定して腫瘍のある位置を画像から計算して放射線で狙い撃ちし、正常脳をできるだけ温存します。
定位照射の治療装置にはコバルト線源を用いるものにガンマナイフ、X線を用いたものやトモセラピーやエックスナイフなど多数があります。
X線を用いた定位照射の費用はパターンによらず一定です(1割負担では62,000円です。他に診察料などがかかります)。
トモセラピーの利点
  • 通常のX線を用いた定位放射線治療は、基本となるIMRT 技術の中で使えるビーム門数に限界(一つの照射で1-130門程度)があります。一回であれば 20Gy 程度、10回分割であれば一回 5Gy 程度がしばしば使われる線量で、中間もあります。トモセラピーでは1万本以上にまで細かく照射できるので精密で滑らかな線量の分布を得られます。
  • トモセラピーでは複数ある腫瘍を一度に精密で滑らかな線量の分布をもって照射できます。通常は1-数日で照射が終わります。外来、またはご希望で、入院での治療です。
  • ガンマナイフもエックスナイフも一度に狙えるのはひとつなので、複数ある腫瘍を一度に1つずつ狙って次々に治療することになります。
費用
保険を適用する場合は(普通はそうですね)、複数個の転移巣の場合、数コースにわけてそれぞれを治療しても保険診療範囲内であれば、定位放射の費用は1コース分のみの支払いです。
数ケ月以上経過してまた別の病巣に必要担った場合には新たに設定される場合があります。
保険を適用しない場合というのは、非加入者の方(外国人などで)等の場合となります。
 
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トモセラピーによる定位照射方法で、多発する脳転移巣を一度に全部照射する計画を立てた時の線量分布です。
トモセラピーではこの方のように7つであってもこのように同時に照射できます。
この計画では標的に 50Gy 照射し、眼球や水晶体や視神経、内耳などには制限レベル以上の照射されないように設計されています。
トモセラピーでは多発であっても全てを一度に照射できます。
分子標的薬を使っているうちに発生した脳転移にももちろん適応があります
分子標的薬の多くは血液脳関門を通過しにくい性質があります。分子標的薬を使って長期間生存した場合に、単発あるいは多発の脳転移が出現することがしばしばあります。これは、今までになかった、新しい、脳転移の出現パターンです。分子標的薬で治療を受けている方は、リスクに応じて脳MRIを定期的に行っておく必要があるでしょう。
定位照射の限界と解決
トモセラピー以外のほとんどの定位照射方法は予防的全脳照射を同時にできません。ガンマナイフ、サイバーナイフ、エックスナイフを含む普通の定位照射の方法では、メカニズム的に全脳照射を同時に計画したり、実施したりすることが困難です。
例えばまず定位照射で50Gy照射して、次に全脳照射30Gyを重ねると、2つの計画の間でずれができたり、 もとの腫瘍の周囲で線量が重なった部分が発生したりして大きな障害を起こしやすくなります。 これは作戦としてまずいとしか言いようがありません。
脳転移が多発している場合、あるいは、多発しやすいタイプの場合には、定位照射方法に合わせて、予防的な照射を予め計画的に施しておきたい場合がしばしばあります。
我々は、トモセラピーを用いた全脳照射付き定位放射線治療(SRT w PCI)を提供しています。次にご紹介します。
Ⅱ-B.定位/全脳一体照射の組み合わせ計画
トモセラピーによる定位/全脳一体照射では一度に全脳照射と定位放射線治療を一体として計画した照射を行います。
複数ある腫瘍を一度に精密で滑らかな線量の分布をもって照射できる点はトモセラピーによる定位照射と変わらず、費用は普通の定位照射と変わりません。
多くの場合は PCI の期間(10回)で照射が終了します。入院は特に必要ではありません。 遠方の方や虚弱の方には適宜回数の変更や入院に応じています。
腫瘍制御力の高いコースとして、10日間で局所へ50Gy + 全脳へ30Gyをご提案しています。(図6A、B)
これは一回2Gyの線量に換算した場合、α/β=2, 3, 10で、局所87.5, 80, 62,5Gy相当および全脳37.5,36,32.5Gy相当に換算されます。
他のパターンのご要望に柔軟に対応していきます。

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トモセラピーによる定位照射+全脳照射の線量分布図と線量体積ヒストグラム
トモセラピーで定位照射50Gy照射と全脳照射30Gyを最初から組み合わせた定位/全脳一体照射の計画では、別々に照射したときのように2つの計画の間でずれができたり、もとの腫瘍の周囲で線量が重なった部分で 不要に高い線量領域が発生したりすることがありません。
この定位/全脳一体照射では眼球などのリスク臓器に不都合な影響はありません。
Q.定位放射線治療のあとで全脳照射をするプランを立ててもおなじですか?(SRT 後のPCI)
SRT後のPCIをすると定位放射線治療の時に入った腫瘍周囲の線量の影響は、全脳照射の線量に重なり、照射による脳のダメージが、より強くなるでしょう。
最初からSRT後にPCIを計画するぐらいよく計画された定位/全脳一体照射(SRT with PCI)を行うべきです。定位放射線治療のあとで全脳照射の費用は別途になるでしょうから、RT後のPCIは脳のダメージが高リスクになり、しかも高費用で、"SRT後のPCI"は良いところがない組み合わせです。
Q.脳転移が多発なので治療的な全脳照射一回2Gyで合計40Gyをすすめられました。
40Gy程度の線量では多くの場合(よほど放射線感受性の高い腫瘍以外は) 転移巣における局所制御的な効果が限られています。定位/全脳一体照射のほうがよいかどうか点検してみるべきでしょう。
Q.定位/全脳一体照射に個数の限界はありますか?
定位/全脳一体照射はメリットの大きな優れた用法ですが、 転移個数やその分布があまりに多数で均一に濃密に分布しているようであればメリットが低い場合もあります。多数といってもいくつかのグループにまとまっていれば上手い方法がある場合がありますので個々に相談してくだされば幸いです。
Q.全脳照射を受けたあと定位を受けられますか?
可能です。ただし"定位/ 全脳一体"法に比べると、有効性/安全性の効率が劣ります。全脳照射の後にもかかわらず転移巣が生じてしまったような場合は個々の場所等に応じた治療方法を提案しています。
Ⅱ-C.海馬回避 - 定位/全脳 + 一体照射
トモセラピーの能力をフルに使った、定位+全脳+海馬回避を一度に行うという新しいオプションです。ご希望の方に用意しています。ご相談ください。精密な照射をおこないます。
腫瘍制御力の高いコースでは、10日間で局所へ50Gy + 全脳へ30Gy、海馬 10Gy以下になります。
肉眼的腫瘍部分には一回 2Gy の線量に換算した場合、 α/β = 2, 3, 10 で、局所87.5, 80, 62,5Gy 相当および全脳37.5, 36, 32.5Gy相当の線量が入ることは定位照射とかわりませんが、全脳照射を加えた上で、なお海馬が温存されます。

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トモセラピーによる海馬回避定位全脳一体照射の線量分布図と線量体積ヒストグラム(体積cc 表示)
10Gy以下の赤線が海馬、30Gyの青線が全脳、50Gyの下段の赤線が標的