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乳がんの術後放射線治療で最先端の技術を推奨する理由

はじめに
私たちはがんの病巣を破壊したり、がんでなくとも異常な活動を抑制したりするために強い放射線を照射します。放射線治療にも沢山の最先端の技術が入ってきました。現在の最先端の技術の真価は、かけがえのない正常組織を、破壊せず、温存しながら病変を制御することです。 2016年のいま、それらの最先端の技術が従来技術と比べて、具体的にどういう利点が期待できるのか、述べさせていただきたいと思います。
データで30年後まで予測できる
まず米国で膨大な長期間の追跡医療データが集積され、それがオープンソースとなって世界中の科学者が自由に分析できるようになりました。その蓄積によって、ここ最近では、治療して30年の後の影響まで予測できるようになりました。
従来技術について
従来技術では斜め2方向から乳房を斫(はつ)るように、下図1のように放射線を照射し、肺への照射線量の低減をはかります。この従来技術は今でもまだゴールデンスタンダードです。放射線治療計画ガイドライン2012では“全乳房照射は両側あるいは患側上肢を挙上して接線対向 2 門照射(接線照射といいます)で行うのが一般的である。”と書いています。従来技術は2次元あるいは3次元の照射方法とよばれたりもしています。正常組織を守るのにこの従来技術で本当に充分なのでしょうか? 乳癌に対する放射線治療後の心臓への影響を調べた研究成果が、世界中から報告されました(1-3)。
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図1A:対向2門照射による全乳房照射。図は右乳房を照射していますが、左を照射すれば心臓の一部が強く照射されてしまいます。香川医科大学のサイトから。
http://www.kms.ac.jp/~secsurg/endoc/guid/

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図1B:従来方法の一般的な接戦照射の問題点とそれをカバーするために照射野を複数組み合わせて行う工夫(field in field 法):一般的な接線照射では広島市民病院放射線治療科にいらした竹内有紀先生ご作成。ネットで公開されています。
従来技術での標的への均一な照射
ま四角でない乳房に従来技術できちんと均一に照射する、標的への線量のムラをなくすること自体が大きな課題でした。この克服のために現場ではいろいろな工夫を駆使します(図1B)。それぞれの施設で行われている表(おもて)に出ないこのような誠実な工夫はとても大切なことなのです。従来技術でも乳房にほぼ均一に照射できますから。
高精度の外部放射線治療は登場しましたが…
それらの工夫が精緻で自動的なシステムとして発達したのがIMRT技術等を核とした“高精度外部放射線治療”の機械です。ところが乳がんの術後放射線治療に国内ではまだIMRT以上の技術を使っているところは少なく、ほとんどが、対向2門のような2次元、あるいは3次元照射の、先ほど従来技術で行われているようです。“ほぼできる”ことが、少しぐらい完全にできても、メリットは大きく増えないという考え方です。従来技術であっても高精度技術であっても術後照射をした時の再発抑止力自体には差がありません。でも、それは何か大切なことを忘れていませんか? それは正常組織を守る技術への評価です。

放射線の晩発性障害は何年も後に発生します。短期的な効果しか見ないような考え方ではその大切さがわかりません。あなたならどうしますか?
従来技術で照射した場合の問題点の報告
従来技術で左乳房を照射すれば心臓の一部が強く照射されてしまいます。放射線の心臓に対する毒性はかねてから問題にされていました(4)。科学的な解析手法が進化した最近になって、心臓での晩発性の放射線障害の頻度やリスクが、冠状動脈障害による心筋虚血の重要性が判明し、心臓の平均線量と、心臓を栄養する最も大切な動脈である冠動脈左回旋枝(left anterior descending branch of the coronary artery, LAD)の平均線量で評価されるようになりました。オランダのEsther・Mast先生達は、通常の対向2門照射とIMRTを比較しIMRTのほうがよりLADを温存できることを報告しました(図1C)(5)。
bc_03.png図1C:心臓の表面にある黒い○囲みが冠動脈左回旋枝(LAD)。従来法の対向2門照射法(左)よりもIMRT(右)のほうがLADを回避できている(5)。
http://hdl.handle.net/1887/32932
比較論文
トップランクの高精度放射線治療機のどれが、どれだけうまく心臓(冠動脈)を回避できているか、肺への不要な照射も回避できるか、いったいどちらの照射装置が優れているかを白日の下に比較してみようという試みは世界中の関心を集めています。

世界にはいくつかトップランク機械を取り揃えた贅沢な施設があります。日本ではベンダーに遠慮してなのか、そのような報告をみませんが、そういう施設の先生は報告する義務があると私は思います。

乳房の術後照射の比較論文を紹介します。台湾の極東記念病院のAn-Cheng Shiau先生達は左乳房への術後照射の同一症例でIMRTの線量分布とTomotherapyの線量分布を比較し、いずれもTomotherapyのほうが秀でていたと報告しています(6)。図2Aで肺と心臓の両方において、どちらのほうがたくさんの正常組織への照射をしているか、よく見ればそれほど分かり難くは無いでしょう。
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図2A:Shiau先生の報告では、左乳房への術後照射の同一症例におけるIMRTの線量分布(a,c)とTomotherapyの線量分布(b,d)の比較。Tomotherapyのほうが心臓の線量、肺の線量、いずれも少なく秀でていた(6)。

オランダのライデン大学(Universiteit Leiden)のMirjam Esther・Mast先生達は、冠動脈左回旋枝の温存能を比較し、やはりIMRTよりもTomotherapyのほうが優れていたとのべています(図2B)(5)。さらに彼は、心臓の平均線量と左回旋枝の平均線量を比較し、いずれもTomotherapyのほうが低く良好結果であったと報告しました(図2C)。
http://hdl.handle.net/1887/32932
図2B:IMRT機(左)と Tomotherapy(右)を比較すると、TomotherapyのほうがLADを避けられている。


図2C:心臓の平均線量(左, mean heart dose)と左回旋枝の平均線量(mean dose LAD-region)の比較でも、いずれもTomotherapyのほうが低い。
References
  1. Darby SC, Ewertz M, McGale P, Bennet AM, Blom-Goldman U, Bronnum D, et al. Risk of ischemic heart disease in women after radiotherapy for breast cancer. N Engl J Med. 2013;368(11):987-98.
  2. Giordano SH, Kuo YF, Freeman JL, Buchholz TA, Hortobagyi GN, Goodwin JS. Risk of cardiac death after adjuvant radiotherapy for breast cancer. J Natl Cancer Inst. 2005;97(6):419-24.
  3. Doyle JJ, Neugut AI, Jacobson JS, Wang J, McBride R, Grann A, et al. Radiation therapy, cardiac risk factors, and cardiac toxicity in early-stage breast cancer patients. Int J Radiat Oncol Biol Phys. 2007;68(1):82-93.
  4. Shiau AC, Hsieh CH, Tien HJ, Yeh HP, Lin CT, Shueng PW, et al. Left-sided whole breast irradiation with hybrid-IMRT and helical tomotherapy dosimetric comparison. Biomed Res Int. 2014;2014:741326.
  5. Liu Y, Shiau C, Lee M, Huang P, Hsieh C, Chen P, et al. The role and strategy of IMRT in radiotherapy of pelvic tumors: Dose escalation and critical organ sparing in prostate cancer. Int J Radiat Oncol Biol Phys. 2007;67(4):1113-23.
サラ先生の論文
Sara C. Darby(サラ医師)は、2013年のNew England Journal of Medicineに載った論文の序文で次のように述べています。「多くの女性乳癌患者に対して、乳房温存手術(乳腺腫瘤摘出術)後に、癌再発のリスクを低減するための放射線治療が行われています。しかし正常組織に対する、特に心臓へのリスクはいままで具体的には明らかにされていなかった。」

彼女らはビッグデータを過去にさかのぼり1958-2001年の間に乳癌術後放射線治療を受けた2168人の女性のデータの調査・分析を行った。調査対象となったほとんどすべての患者さんは従来法での照射を受けています。調べてみると心臓発作、動脈閉塞疎通の手術または虚血性心疾患による死亡などの重大な冠動脈イベントの発生は、心臓への平均線量1Gyあたりで7.4%増加することがわかった(図3)。調査対象全女性2168人の平均の心線量は4.9Gyで、心障害のリスクが照射によって36%も上昇していた。従来法では、心臓障害リスクは1.36倍だった。

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図3:心臓への線量が1Gy増加すると、心臓発作、動脈閉塞疎通の手術または虚血性心疾患による死亡などの重大な冠動脈事象が7.4%増加した。全対象女性の平均では36% 心臓障害リスクが増加した。
サラ先生の調べた患者さん達の中で最も多く被ばくしていた方の心臓の平均線量は15.8Gyで、心臓障害リスクは116%上昇していた(2.16倍に上昇)していたことが分かりました。

心臓は左側にあるので左側の照射は心臓リスクが高くなりやすく、照射の影響は数年以内に始まり20年以上の長年に亘(わた)ることも明らかになりました。肥満や高血圧といった心臓病のリスク因子があると、放射線治療後の心臓リスクはさらに高くなっていました。さらに、全体の死亡リスクにも放射線治療の時の心臓の線量が寄与していたことが分かった(図4)。

またBoero先生の2000-2009年に照射を受けた29,102人を調査した2016年の報告では右乳房に放射線治療を受けた人よりも左乳房に受けた人で虚血性心疾患イベントの発生頻度が1%高かったことが分かった(2)。
心臓障害リスク1.36倍という数字の大きさ 受動喫煙でのリスクと比較
このリスクの大きさは受動喫煙で心筋梗塞や狭心症で死亡するリスクと近い数字です。受動喫煙を受けるときはにおいや煙でわかります。禁煙区域に逃げることもできます。なんといってもほとんどの医療施設では喫煙は禁止されています。乳がんの放射線治療の際に患者さんがリスクを回避することができるようにするにはどうすればよいでしょうか。
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図4:左は死亡リスク、右は冠動脈イベントのリスク。すべてのリスクは時間経過とともに上昇し、いずれにおいても、放射線治療なし、心臓への平均線量が3Gyの場合、10Gyの場合では線量が多いほど心障害リスクは高かった。肥満・高血圧などの心疾患リスクのある場合にはそれらのリスクはいずれも上昇した。
サラの報告を直視する世界としない国
同様の報告が山のように発表されていますが、とりわけ、このサラの報告は世界で衝撃的でした。いかに心臓の線量を低くするか、世界中の患者も医師も腐心するようになりました。一方で日本は、国民性なのかこういうnegativeな情報に目を背け重要であってもあまり話題になっていないように感じます。そして結果として何の対策もしていないのかもしれません。リスクがイベントになるまで何もしないのは大変な誤りです。リスクが発生した時点でその”痛さ“を測るには期待損失という計算の方法がありますので見てみましょう。
心臓障害リスクの大きさと期待損失額は37万8000円
虚血性心疾患などの心臓障害を患うと生涯で医療費が平均で1500万程増加するといわれています。

従来の照射方法の選択によって増加する虚血性心疾患リスクの36%の増加、というのは境界型糖尿病の虚血性心疾患リスクの増加分37% に近い値です。日本ではおおむね0.7%近くの方が虚血性心疾患なので、0.7x(1/100)x0.36x 15000000=37万8千円分の平均期待損失額が従来法を選択した時点で確定したことになります。支払う医療費よりも本当の損失は厳しい生活制限や私たちの生命の喪失です(グラフ左の死亡リスクの増加を見てください)。生命保険よりも予防できるものなら予防を選択しましょう。海外では自分でお金を出してでもトモセラピーにとどまらず粒子線治療を選択する人が世界中で増加しています。
サラ報告は患者さんの選択を変え、医師の努力も考え方も変えた
世界では、受動喫煙と同じ程度の期待損失を患者さんにもたらしてしまう、ということは、十分な説明による選択の機会がなければ、患者さんを被害者にしてしまうことになります。世界中の医療機関は、肺や心臓を回避する能力の高い機器すなわち、小線源治療や、トモセラピーのような超高精度のX線外部照射の治療機器や、粒子線治療機器などを揃えるところが増加し、それに応じた研究会や学会が誕生し、世界中の医療機器開発メーカーは開発にしのぎを削っています。サラ報告は努力と進歩へのモチベーションを高めた。
私たちは最高の医療を提供する努力を続けようと思う
私たち、社会医療法人孝仁会北海道大野記念病院の 札幌高機能放射線治療センター Sapporo High Functioning Radiotherapy Center (SAFRA)も、トモセラピー、サイバーナイフ、Proteus Oneの陽子線治療システム(2018~)を擁してそれらの機能を最大限に活用するシステムを構築して、与えられたミッションにこたえていきたいと思います。
陽子線治療が乳がんの術後照射として普及しはじめている理由
粒子線治療が乳がんの術後照射で普及している理由は虚血性心疾患などの心臓障害を患うリスクを減らせると考えられているからです。もちろん減らせる障害リスクは心臓障害だけでなく肺障害リスクを減らすことができます。先ほども述べましたが欧米では日本よりも健康意識が高く乳癌術所照射に陽子線を使う施設が増加しています。図5は、フロリダ大学のサイトから引用した図で、一般的なIMRT(Tomotherapyではありません)と陽子線を乳房切除後の左胸壁の局所リンパ節を照射するときの線量分布で比較した図です。IMRT(左)では肺(Lung)へも、心臓(Heart)にも陽子線治療(右)に比べて多くの線量が入っていることがわかります。陽子線治療が乳がんの術後照射として普及しはじめている理由は、既存の照射方法に比べて心臓や肺に照射される量が少ないからです。こういった施設の中にはIMRTと陽子線を両方でベストプランを計画して、どちらを選ぶか患者さんに選択して頂いているところがあります。私たちも今後そのようにして、本当にメリットのはっきりした治療を患者さんに選んでいただけるようにしていく計画です。
https://www.floridaproton.org/cancers-treated/breast-cancer

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図5:乳房切除後の左胸壁の局所リンパ節を照射した場合のIMRT(左)と陽子線治療(右)の線量分布の比較です。IMRT(左)では肺(Lung)へも、心臓(Heart)にも陽子線治療(右)に比べて多くの線量が入っています。
References
2. Boero IJ, Paravati AJ, Triplett DP, Hwang L, Matsuno RK, Gillespie EF, et al. Modern Radiation Therapy and Cardiac Outcomes in Breast Cancer. Int J Radiat Oncol Biol Phys. 2016;94(4):700-8.