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前立腺癌の放射線治療の際のスペーサーとしてのゲル注入について ~医療従事者の方へ~

当院では前立腺癌の放射線治療に際して、安全で簡単な方法で「スペーサー留置」をおこない、癌病巣にはより高い放射線の量を与えつつ、正常組織である直腸に当たる放射線の量を減少させ、より安全に放射線治療をおこなっています。
「スペーサー留置」について
この方法は、前立腺癌の放射線治療に際してスペーサー留置をおこない、癌病巣にはより高い放射線の量を与えつつ、正常組織である直腸に当たる放射線の量を減少させより安全に放射線治療をおこなう方法です。
なぜより高い線量が必要か
  1. 前立腺癌の放射線治療では、病巣に集中させる線量を増加させると、 治療成績が改善することが分かり、IMRTやIGRT、 小線源治療法などの線量集中技術の進歩に伴って治療成績は以前より改善し、 IMRTなどの新しい方法が、標準治療として確立されてきました。
  2. どの程度の線量が必要か?→前立腺癌の放射線治療でより高い線量が必要な理由を参照ください。
なぜ直腸の線量を減らさねばならないか
放射線性直腸炎の項目を参照ください。
どんな方法か
沿革
我々は2002年から高線量率小線源照射装置を用いた 放射線治療時のスペーサによる危険臓器(OAR)回避術を開発してきました(論文リスト)。
これはゲルスペーサーを注入して、食道、小腸、大腸、直腸など放射線に弱い臓器(危険臓器)を、 放射線治療の障害から守る方法です(危険臓器はRisk organの直訳語です)。

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 図1:危険臓器をマトリックスとなるゲル注入で安全に待避させる

図1の左では標的(Target)と危険臓器(OAR)が接しています。 十分にTargetを照射しようと思うと、Targetの周囲への浸潤や照射時のブレの範囲を予想して カバーしなければ確実な腫瘍制御効果は期待できません。 これをPTV(計画照射体積:planning treatment volume)といいます(Targetの周囲の波線部分)。
トモセラピーではカバーのために拡大する幅を5mmと設定しています。トモセラピーでは標的を照射の都度CTで観察していますので十分なカバーといえます。そのまま照射すると、OAR にもTarget と同じ線量が入る部分ができてしまいます。

図1の右のように、私たちの方法ではTarget とOAR の間にSpacer(図ではMatrix:基質とあります)を注入して、安全な距離を与えます。それによってより高い線量を安全に投与できるようになりました。下の図2は小線源治療の時に、直腸を移動させたケースでの前立腺と直腸の実際の位置関係をトレースしたものです。

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 図2:前立腺癌の小線源治療の際に危険臓器移動術をおこなわなかった場合(左)、とおこなった場合(右)

同じ患者さんの一回目の治療と、再発して再照射をおこなったときの計画用CTから作成した実際の臨床画像。
危険臓器移動術をおこなった場合に安全距離が確保できる。この図は発表済み。
(出典: http://www.com-info.org/ima/ima_20111012_kishi.html
トモセラピー治療への導入
2013年春のPari で開催されたSpacer Forum 多国多施設国際共同会議を踏まえ、 北斗病院でトモセラピーIGRT-IMRT による分割外部放射線治療にも本法を導入しました。
高度なトモセラピー治療に危険臓器(OAR)回避術を導入したのは国内でも世界でも最初になりました。
ゲルの注入
ゲルの注入は経直腸エコーガイド下でおこないます。実際に注入する時間は数分で終了します。 別に観察したりする時間と、治療計画のためのCTを撮像する時間を含めて、30分程度で終わります。
評価
我々は本法のOARへの線量低減効果の線量体積ヒストグラム(dose-volume -histogramDVH)上の評価をおこないました。
これは前立腺癌cT1c,GL:4+4=8, PSA 11.8でHigh Risk groupの方への実際のゲルの入り方と照射計画の図です。
この前立腺癌に対する処方線量は74.8Gy(2.2Gy を34回照射します)。(これはαβ=3という条件では1回2Gyの通常照射では77.79Gy に相当します。)

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図3:ゲルが注入された時のCT像

この計画での線量体積ヒストグラム(dose-volume -histogramDVH)は次の図4のようです。
前立腺のPTV(右の方の赤線)の98%が74.8Gyという線量を照射されています。
一方で、直腸(緑の線)のD2cc(高い線量が当たる直腸の体積2ccの中のもっとも低い線量)が 25.7Gyという低い線量におさえられています(D2cc=25.7Gyというのは直腸の2ccまでが25.7Gy以上当たるという意味です)。

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 図4:線量体積ヒストグラム(DVH)

DVHの読み方:横軸が線量、縦軸が体積(上では体積の百分率)です。
図4では前立腺(右の赤線)は線量75Gy 付近までほぼ完全に照射されていて、直腸(青)は低い線量が照射されています。直腸の身代わりにゲル(グレー)は高い線量が照射されています。

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 図5:ゲルを入れた場合の線量分布
比較対象による考察
次の図6は、有名なVorwerk らが2008年にRadiation Oncology で使った図ですが、前立腺への線量(赤)の相当部分が直腸(青)に照射されています。(Vorwerk et al. Radiation Oncology 2008 3:31 doi:10.1186/1748-717X-3-31)

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図6:危険臓器移動法を用いない時の直腸の線量

次の図7はVMAT というIMRT が可能な高級機種です。
ゲルを使わないで、照射を何回の回転するIMRT でおこなうか照射条件を変えて測定した直腸線量(青)は、どの条件も図4の直腸線量より高いことが明らかです。
前立腺の線量が98%の時、直腸の22.5%が同じ線量を受けています。
以上で、スペーサーゲルをこの治療につかった方法が従来の治療に比べていかに有効か、示すことができたと思います。
(Rana SB. Investigating VMAT planning technique to reduce rectal and bladder dose in prostate cancer treatment plans. Clinical cancer Investigation Journal 2013, 2(3):212-217)

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 図7:VMAT の回転数を変えた場合の直腸線量のデータ
安全性
用いていますゲルの安全性はすでに確立され、ゲルの成分のヒアルロン酸は米国FDA、欧州薬事承認、日本薬事承認を得ています。
放射線性直腸炎について
放射線性直腸炎は前立腺癌に対する放射線治療を受けた患者さんの3~8%で発生すると報告されています。
これは専門に治療されている癌研有明病院消化器内科の千野明子先生のページがありますので引用します。
千野晶子先生は国内屈指のアルゴンプラズマ凝固療法:Argon Plasma Coagulation(APC)106例の経験を持っていらっしゃいます。(http://www.nmp.co.jp/member/oncoseed/seed12/04.html

内視鏡によるGrade 分類では、Grade I a であれば限局性の毛細血管拡張と易出血、 Grade Ⅰb であれば潰瘍なしでびまん性の発赤、易出血になります。
Grade II になるとすでに潰瘍を形成しており、Grade III で狭窄、Grade IV が瘻孔です。
内視鏡治療が適応になるのはGrade I ~IIで 、Grade III、Grade IV は手術治療の適応とされています。

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 図8:千野明子先生のサイトよりスライド掲載
放射線性直腸炎を回避することの重要性
Grade I ~IIであっても、千野先生のような、放射線性直腸炎の治療の経験の豊富な内視鏡治療の名手はそんなに各地には存在しません。
3ヶ月毎の治療を継続するのは遠方の患者さんには大変です。出血があるとトイレも近くなり移動自体が難儀になります。APCを受けることもそれほど簡単ではないのです。
またもしGrade III、Grade IV となった場合、体力的にあるいは、高齢で、あるいは抗血栓治療薬が必要な患者さんがいらっしゃるだろうことを忘れてはなりません。
さらに、今、抗血栓治療薬が必要でない方も、将来それらが必要になる可能性を否定できません。
私たちは、そのような方にも、あるいはそのような可能性のある方すべてに、放射線直腸炎の憂いのないように、未然の深刻なリスクを回避できるように、安全な治療を提供していきたいと考えています。
前立腺癌の放射線治療でより高い線量が必要な理由
Deborah A. Kuban の有名な論文:Long-Term Results of the M. D. Anderson Randomized Dose-Escalation Trial for Prostate Cancer, IJROBP Volume 70, Issue 1, Pages 67-74(1 January 2008)では、PSAが10ng/ml より高い群で70Gy照射群よりも78Gy照射群が優位によい生物学的非再発率を示しました(図9)。

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 図9:Kubanのデータ(本文参照)

さらなる線量増加がより腫瘍の制御には有効であることがZelefsky らの後顧的解析で研究でわかっています。
81Gy より多い線量の照射を受けた中間リスク群、高リスク群の前立腺癌患者ではいずれも有意に81Gy 以下の照射を受けた群よりも、 PSA非再発率、遠隔転移率が低いことが報告されました(図10 a,b)。
(Zelefsky, MJ. et al. Dose Escalation for Prostate Cancer Radiotherapy: Predictors of Long-Term Biochemical Tumor Control and Distant Metastases-Free Survival Outcomes European Urology, Volume 60, issue 6, pages e49-e58, December 2011)

しかし、この後顧的解析では、分析の限界から、生存期間へのつよい関与は認められませんでした。
照射の量を増やすことが、腫瘍制御に寄与しても、生存期間の増加に寄与しなかった理由は述べられていません。
原発も転移も含めて腫瘍制御ができたのに生命予後が伸びない理由を考える際に、 放射線治療による合併症をまず考えるべきでしょう。
これだけ大きなメリットを帳消しにした原因には、放射線治療の毒性による直腸出血の増加が含まれていた可能性も示唆されます。
現在の線量は中間リスク、高リスク群に対する線量は77.79 Gy相当ですが、よりよい治療を目指すには、81Gy 相当以上を目指すべきかもしれません。

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 図10 a b:81Gy より多い線量の照射を受けた中間リスク群、高リスク群の前立腺癌患者では いずれも有意に81Gy 以下の照射を受けた群よりも、PSA非再発率が低い